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佐藤輝明選手のおばあさまの手記を読んで感じた事

野球を楽しむ孫を祖父母が温かく見守る家族のイメージ

こんにちは、小林です。

今日、Yahoo!ニュースで、阪神タイガースの佐藤輝明選手のおばあさま、美智恵さんの手記(デイリースポーツ、10月4日配信)を読みました。

とても心に残る内容だったので、皆さんにもご紹介したくなりました。

私はもともと関西に住んでいたこともあり、阪神ファンです。最近は野球を見る時間も少し減っていましたが、佐藤選手は、世代こそずいぶん違うものの、同じ大学の後輩にあたります。それもあって、以前から親しみを感じて応援していました。

今回の手記で特に胸に響いたのは、ホームランを打ったあと、天を指さす姿についてのお話です。

おばあさまは、亡くなったおじいさまに「じいちゃん、ありがとう」とあいさつしているのだと思う、とつづられています。

あのホームランのあとに、そんなふうに見守っているご家族がいる。そう思うと、次に佐藤選手のあの姿を見たときは、これまで以上に胸にくるものがありそうです。

野球場のベンチに置かれたグローブとボール

手記を読んでいると、お孫さんを大切に思う気持ちが、言葉の端々から伝わってきます。温かいご家族の中で育ち、その思いを大切にするお孫さんになられたんだなと感じました。

家族とのつながりや、おじいちゃん、おばあちゃんの存在。

今の年齢になって読むからこそ、深く感じるものがあります。自分のことを気にかけ、喜び、応援してくれる人がいる。そのありがたさを、改めて感じさせてもらいました。

この手記を読みながら、上皇后陛下について伝えられた、あるお話も思い出しました。

2020年のお誕生日に際した宮内庁の発表では、左手指が不自由になられ、楽しみにされていた曲の練習にも支障があるご様子とともに、お出来にならないことを「お返しした」と表現されていることが紹介されています。それまで出来ていたことを、授かっていたこととお思いになるのか、と記されていました。

今までできていたことを、授かっていたものとして受け止める。そして、できなくなったことを、「お返しした」と受け止める。

やわらかな光が差し込む窓辺のピアノ

「お返しした」。この短い言葉に、私は立ち止まってしまいます。

好きなピアノを弾く。練習を重ねて、昨日まで弾けなかった曲が弾けるようになる。そうして長い年月をともにしてきたものが、以前のようにはできなくなる。自分だったら、きっと寂しいと思います。もう一度、思うように弾きたい。その気持ちを、なかなか手放せないと思います。

そこで「お返しした」と受け止める。私が特に心を動かされたのは、その言葉の奥に感じられる、人生の間、お借りしていたものとして受け止める考え方です。自分が身につけ、自分のものになったと思いがちな力さえ、授かり、使わせていただいていたものとして見つめる。私には、そのような謙虚なお考えが伝わってきます。

「お借りしていた」と考えるのは、私なりの受け止め方です。そう考えると、「お返しした」という言葉が、いっそう深く響きます。これまで使わせていただけたことに感謝して、お返しする。大切なものを手放すときに、そんなふうに思えるだろうかと、自分に問いかけてしまいます。

できなくなった今を語る言葉の中に、できていた年月への感謝がある。そこに、私は胸を打たれます。鍵盤に触れて楽しんだ時間も、音楽を通じて誰かと心を通わせた時間も、大切なものとして残っている。そんなふうに、自分が受け取ってきたものを見つめられる生き方を、とても美しいと感じます。

私自身、今できていることを、つい当たり前に思ってしまうことがあります。それも今、お借りしているものなのだと考えたら、できるうちにもっと大切に使いたいと思います。自分のためにも、誰かの役に立つためにも。そのように今の生き方まで考えさせられるところに、この言葉の凄さを感じます。

自分が何かを手放す日にも、こんな言葉で受け止められるだろうか。簡単には答えられません。それでも、今できていることや、そばにいてくれる人への感謝は、今日からもっと大切にできる。私にとって「お返しした」は、そこまで考えさせられる言葉でした。

このお話を知ったとき、そのお考えや物事の受け止め方、そして生き方に、本当に深く感動させていただきました。今でも、この「お返しした」という言葉を覚えています。今回、佐藤選手のおばあさまの手記を読んで、そのときの思いが改めてよみがえりました。

そして、もう一つ、感動した恋文をご紹介します。秋田県二ツ井町、現在の能代市二ツ井町の「きみまち」の恋文コンテストで、第1回の大賞に選ばれた、柳原タケさんの「天国のあなたへ」です。

当時80歳の柳原さんが、32歳で戦死したご主人に宛てて書かれた恋文です。あとがきとともに、ここにご紹介します。

「天国のあなたへ」 秋田県 柳原タケ

娘を背に日の丸の小旗をふって、あなたを見送ってから、もう半世紀がすぎてしまいました。たくましいあなたの腕に抱かれたのは、ほんのつかの間でした。

三二歳で英霊となって天国に行ってしまったあなたは、今どうしていますか。

私も宇宙船に乗ってあなたのおそばに行きたい。あなたは三二歳の青年、私は傘寿を迎える年です。おそばに行った時、おまえはどこの人だなんて言わないでね。よく来たと言って、あの頃のように寄り添って座らせてくださいね。お逢いしたら娘夫婦のこと、孫のこと、またすぎし日のあれこれを話し、思いきり、甘えてみたい。あなたは優しく、そうかそうかとうなずきながら、慰め、よくがんばったねと、ほめて下さいね。

そして、そちらの「きみまち阪」につれて行ってもらいたい。春のあでやかな桜花、夏、なまめかしい新緑、秋、ようえんなもみじ、冬、清らかな雪模様など、四季のうつろいの中を二人手をつないで歩いてみたい。

私はお別れしてからずっと、あなたを思いつづけ、愛情を支えにして生きて参りました。もう一度あなたの腕に抱かれ、ねむりたいものです。力いっぱい抱き締めて絶対はなさないで下さいね。

<あとがき>

主人は昭和一四年五月に中国山西省で戦死しました。当時の軍事郵便は検閲されました。今回そのころ自由に書けなかった思いの万分の一を書きました。すっきりして若返ったような気持ちです。

柳原タケ「天国のあなたへ」

秋の庭を望む窓辺の便箋と封筒、万年筆

この恋文を読んで、本当に感動しました。

私より上の世代の方々が、長い人生の中で育んでこられた、こうした物事の受け止め方。そして、ご家族の思いを素直に受け止め、大スターになってもおばあさまの言葉に耳を傾ける佐藤選手の姿。

今回のお話を通して、受け取ってきたものへの感謝や、大切な人を思い続ける心について、考えさせられました。自分を育て、見守ってくれた人たちへの感謝を、私自身も大切にしていきたいと思います。

こういう人生観に触れながら、私も生きていきたいと思います。自分より上の世代の方々の美しいお考えや生き方に心を動かされ、それを今の自分の暮らしの中でも大切にしていけたらと思っています。

いいお話を読ませていただきました。
佐藤選手を、これからも応援していきたいと思います。

野球が好きな方はもちろん、ご家族とのつながりを思い出しながら読む方にも、心に残るお話だと思います。

皆さんも、お時間のあるときにぜひ読んでみてください。

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